高速砂ろ過による排水中のマイクロプラスチック除去:現場導入のメリットと運用最適化
はじめに
近年、地球規模でマイクロプラスチック汚染が深刻化しており、その排出源の一つとして下水処理施設や産業排水処理施設が挙げられています。排水処理施設の現場では、従来のBODやSS、窒素・リン除去に加え、この新たな課題であるマイクロプラスチック対策が求められています。多岐にわたるマイクロプラスチック捕捉技術の中でも、既存施設への導入が比較的容易であり、コストパフォーマンスにも優れる技術として「高速砂ろ過」が注目されています。
本記事では、排水処理施設の現場技術者や運用・管理担当者の皆様に向けて、高速砂ろ過によるマイクロプラスチック除去の原理、導入のメリット、現場での運用最適化のポイント、導入・維持管理コスト、そして具体的な導入事例と課題について、実践的な視点から解説いたします。
高速砂ろ過の原理とマイクロプラスチック捕捉メカニズム
高速砂ろ過は、ろ過槽に充填された砂などの粒状ろ材の層に排水を通し、懸濁物質(SS)を除去する物理処理技術です。マイクロプラスチックもその多くが懸濁物質として排水中に存在するため、砂ろ過によって効果的に捕捉されることが期待されます。
1. 物理的捕捉メカニズム
ろ材層の隙間よりも大きなマイクロプラスチック粒子は、ろ材表面で物理的に捕捉されます。また、ろ材層内部の複雑な流路を通過する際に、粒子がろ材表面に衝突し、付着・吸着することで除去されます。ろ材の粒径やろ層の厚さ、ろ過速度は、捕捉効率に大きな影響を与えます。
2. 生物学的捕捉の補助
砂ろ過槽のろ材表面には、微生物が付着して生物膜を形成します。この生物膜は、有機物の分解に寄与するだけでなく、マイクロプラスチック粒子を吸着したり、フロックを形成して粒子を捕捉したりする補助的な役割を果たす可能性があります。
3. 凝集剤の併用効果
高速砂ろ過の前にポリマーなどの凝集剤を添加することで、排水中の微細なマイクロプラスチック粒子を凝集させ、より大きなフロックとして砂ろ過で捕捉しやすくすることが可能です。これにより、除去効率を大幅に向上させることができますが、凝集剤の選定と添加量、コストとのバランスを慎重に検討する必要があります。
現場導入のメリット
高速砂ろ過をマイクロプラスチック対策として現場に導入する際には、いくつかの実践的なメリットが挙げられます。
1. 既存施設への適用性の高さ
砂ろ過設備は、下水処理施設においてSS除去や高度処理の一環として既に導入されているケースが多くあります。既存の砂ろ過設備を改修・最適化したり、比較的容易に増設したりすることで、マイクロプラスチック対策を強化することが可能です。膜ろ過と比較して、前処理の負荷が少なく、導入時の設備変更が小規模で済む場合があります。
2. 比較的低コストでの導入・運用
膜ろ過などの高度な処理技術と比較して、高速砂ろ過は初期導入コストおよび維持管理コストが比較的安価である傾向にあります。ろ材の砂は汎用性が高く、設備の構造もシンプルであるため、製造コストや保守費用を抑えることができます。
3. 安定した処理性能と容易な維持管理
砂ろ過は、水質変動に対して比較的安定した処理性能を発揮します。また、ろ材の逆洗による洗浄が主たるメンテナンスであり、運用も比較的シンプルです。定期的な逆洗によってろ材の目詰まりを防ぎ、処理能力を維持できます。
4. 他の懸濁物質除去との相乗効果
マイクロプラスチックだけでなく、排水中のSS全般の除去にも効果を発揮します。これにより、処理水質の総合的な向上に貢献し、放流先への環境負荷低減にもつながります。
運用最適化のポイント
高速砂ろ過によるマイクロプラスチック除去効率を最大化し、コストを最適化するためには、以下の運用ポイントに留意することが重要です。
1. ろ過条件の適切な設定
- ろ過速度: 速すぎるとマイクロプラスチックの捕捉効率が低下し、遅すぎると処理量に対して設備規模が大きくなります。最適なろ過速度は、排水の水質やろ材の種類によって異なりますが、一般的に5~15 m/hの範囲で設定されます。
- ろ材粒径とろ層厚: 微細なろ材は捕捉効率を高めますが、目詰まりしやすくなります。逆に粗すぎると捕捉効率が低下します。一般的には、有効径0.5~1.0mm程度の砂が使用されます。ろ層厚も捕捉効率と通水抵抗のバランスを考慮して決定します。多層ろ過(アンスラサイトと砂の組み合わせなど)も有効です。
- 凝集剤の活用: 必要に応じて凝集剤を併用することで、より微細なマイクロプラスチックの除去が可能となります。ただし、凝集剤の種類、添加量、注入位置、混合条件が重要であり、効果とコストのバランスを現場で評価することが不可欠です。
2. 逆洗プロセスの最適化
ろ材の目詰まりは処理能力の低下と処理水質の悪化につながるため、適切な逆洗が不可欠です。 * 逆洗頻度と強度: 処理水の濁度変化やろ過差圧の上昇に応じて、適切な頻度で逆洗を実施します。逆洗は、ろ材が十分に洗浄され、マイクロプラスチックを含む捕捉物質が排出されるように、適切な強度(空気と水の組み合わせなど)で行う必要があります。 * 逆洗水の管理: 逆洗排水には濃縮されたマイクロプラスチックが含まれるため、その適切な処理(例えば、沈殿槽での処理、専用の回収システムなど)が重要です。再利用する場合は、マイクロプラスチックがシステムに再循環しないように配慮が必要です。
3. 省エネ運転と自動化
ポンプ動力は運用コストの大部分を占めるため、省エネ型のポンプの導入や、ろ過速度の最適化による動力費削減を検討します。また、ろ過運転や逆洗の自動化を進めることで、人件費の削減と安定運転に寄与します。
導入コストと維持管理コスト
高速砂ろ過設備の導入および維持管理には、以下の要素が考慮されます。
1. 初期投資
- 設備費: ろ過槽本体(コンクリート製または鋼製)、ろ材(砂、アンスラサイトなど)、ポンプ、配管、バルブ、制御盤など。既存施設への導入であれば、ろ過槽の改修やろ材の交換だけで済む場合もあります。
- 建設工事費: 設備設置のための土木・建築工事、配管工事など。
2. 維持管理コスト
- 電力費: ポンプ運転(ろ過、逆洗)のための電力。
- 水費: 逆洗水の費用(上水を使用する場合)。処理水や沈殿池上澄水などを逆洗水に利用する場合は、その費用は抑えられます。
- 薬剤費: 凝集剤を使用する場合の費用。
- 人件費: 運転監視、定期点検、トラブル対応など。
- 消耗品費: ろ材の補充・交換、部品交換など。砂ろ材の交換頻度は、運用状況にもよりますが数年に一度が目安です。
3. コストパフォーマンスの評価
高速砂ろ過は、膜ろ過などの高度処理と比較して、一般的にLCC(ライフサイクルコスト)が低い傾向にあります。除去目標とするマイクロプラスチックの粒径や除去率、排水量などを考慮し、トータルコストで最適な技術を選択することが重要です。
4. 補助金情報
マイクロプラスチック対策を含む水処理施設の改善に対しては、国や地方自治体による補助金制度が適用される場合があります。例えば、国土交通省の下水道事業における先進技術導入支援や、環境省の環境保全事業に関する補助金など、関連する情報を収集し、活用を検討することをお勧めします。
導入事例と課題
国内外の下水処理場や産業排水処理施設では、高速砂ろ過が既に導入され、マイクロプラスチックの除去に貢献している事例が報告されています。
1. 成功事例
- 欧州の一部の下水処理場では、三次元ろ過(高速砂ろ過の一種)の導入により、微細なマイクロプラスチック粒子を含むSSの除去率を大幅に向上させ、処理水中のマイクロプラスチック濃度を低減させています。
- 凝集沈殿と高速砂ろ過を組み合わせることで、数十マイクロメートル以下のマイクロプラスチックについても高い除去率が達成された事例があります。
2. 現場での課題と対策
- 目詰まり: 懸濁物質濃度が高い排水では、ろ材の目詰まりが頻繁に発生し、逆洗回数が増加する可能性があります。対策として、前処理(沈殿、スクリーンなど)の強化や、連続ろ過方式の導入が有効です。
- 逆洗時のマイクロプラスチック再排出リスク: 逆洗によってろ材から剥離されたマイクロプラスチックを含むスラッジが、適切に処理されない場合、再び環境に排出される可能性があります。逆洗排水を別の沈殿槽で処理したり、脱水処理して固形物として最終処分したりするなどの対策が必要です。
- 微細なマイクロプラスチックの除去限界: 高速砂ろ過は比較的大きなマイクロプラスチック(数10μm以上)には有効ですが、数μm以下のナノプラスチックや非常に微細なマイクロプラスチックの除去には限界があります。この場合、凝集剤の最適化や、膜ろ過など他の高度処理技術との組み合わせが検討されます。
まとめと今後の展望
高速砂ろ過は、既存の排水処理施設においてマイクロプラスチック対策を強化するための、現実的でコスト効率に優れた有効な選択肢の一つです。その原理はシンプルながらも、適切な運用条件とメンテナンスにより、安定した高い除去性能を発揮します。
現場での導入にあたっては、ろ過速度、ろ材の選定、逆洗プロセスの最適化、そして凝集剤の活用が鍵となります。また、導入コストと維持管理コストを総合的に評価し、補助金制度の活用も視野に入れることが重要です。
今後は、より効率的なろ材の開発や、AIを活用した運転最適化システム、逆洗排水からのマイクロプラスチック回収技術の確立などが進むことで、高速砂ろ過によるマイクロプラスチック対策はさらに進化していくことでしょう。排水処理施設の現場では、これらの技術動向を注視しつつ、施設の特性に合わせた最適な対策を継続的に検討していくことが求められます。